「ねぇ、何でいるの?」
「ふぇ――――?」
「午前の診療時間はとっくに終わってるんだけど」
パタパタと少し急ぎ足でいつもの場所へ向かっていると不意に呼び止められる。
咄嗟に足を止めて振り返ると、怪訝そうに腕を組んだ男が立っていた。
千鶴が見るに彼も医者だが、顔を見る限り自分の知らない人だ。
言葉を発さないでいると再度問われる。
「ねぇ、何で今の時間に健康体である君みたいな子がいるの?」
「そ、れは……」
「ねぇ、何で?」
千鶴の反応が面白いのか、玩具を見つけたかのように男は距離を詰めて来る。
逃れたいのに、それすら許さないと云う雰囲気を発していた。
だが、距離が縮まったことで彼の名前が漸く見える。
沖田総司――、藤堂と同じ小児科医だった。
しっかりとした体躯に、裏表ありそうな笑みを湛えているのが印象に残る。
掠れるような声で、「風間先生に用があるんです」と絞り出すと、
彼は愉快そうな声を出して千鶴を上から下まで眺めて云う。
「ふぅん。君が噂の千鶴ちゃんか」
「え……」
「風間クン、河岸替えでもしたのかな。以前は君みたいな子、手付けなかったのにさ」
「――――っ……」
揶揄するかのような沖田の言葉が千鶴の胸を抉る。
獲物を捕らえるような彼の視線が恐かった。
身長差から自ずと見上げる形になるのだが、それが更に威圧感を与える。
面白そうに目を細め、残酷に微笑む口唇――千鶴はカタカタと震えが止まらなかった。
「君みたいな子の何処が良いんだろうね?」
耳に囁くように、とても純粋に沖田の言葉は紡がれた。
沖田の全てが恐怖に感じられて千鶴は動けない。
聞きたくないのに四肢が云うことを聞かないのだ。
沖田の問いなんて、本当は自分が聞きたいくらいのもの。
だが、それは聞きたくとも――その答えが怖くて聞けないというのに……。
「ぁ……あ、ああ――ぁああっ」
“それともアッチの方が凄くて気に入られたの?”、と言葉は静かに続く。
沖田の言葉は次第に千鶴にとっての嫌な悪夢を呼び起こす。
きっと彼にしてみれば悪戯な言葉遊びだったかも知れない。
だが、今の千鶴にとっては最大の禁句(タブー)。
ドクン、と大きく脈が打つ。
千鶴は咄嗟に胸を押さえ、断続的な嗚咽を洩らし出す。
今の千鶴には目の前の沖田は映っていない。
瞳の裏に居るのは自分を犯しかけた男たちの残像。
フラッシュバックを起こし、現実と幻想の区別がつかなくなっていた。
流石に様子がおかしいと気付いた沖田が、窺うようにして手を伸ばすと彼女は瞳孔を開いて反応する。
“嫌っ!触らないで”、と声にならない叫びをした瞬間だった――。
【To be continued…】
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