「まぁ、立ち話も何だから座って飯でも食いながら話そうや」
原田の一言によって席につく一同。
慣れない場所と人によって千鶴は落ち着かないのか、辺りをキョロキョロしてしまう。
すると、それに気付いた原田が声をかける。
「此処へは初めて来るのか?」
「あ……は、はい。上の階がこんな風になっているとは、知りませんでした」
「患者やその家族、職員も使える、云わばレストランというか食堂だな」
「そうなんですか」
「おい、左之。そろそろ飯取りに行こうぜ」
「あぁ、そうだな。悪いな、ちっとばかし待っててくれ。すぐに買って戻ってくるから」
適当なテーブルに腰を下ろしたが、原田らは自分たちの食事を取りに千鶴を残していく。
心配の種であった沖田も共に行ってくれたお陰で大分心臓の負担は減ったが、慣れない場所はどうも落ち着かない。
原田の云うように見渡せば患者やその家族が談笑している姿や、休憩をとっている職員の姿が見られた。
いつも同じ場所で同じ面子で食事をしていたので千鶴にとっては新鮮な体験であった。
「はい、千鶴ちゃん」
「ほえ……っ!?」
「やだなぁ、そんなに驚かないでよ。ジュース、僕の奢りであげる」
「あ、有り難う御座います……?」
「ちょっと、そこは疑問形で返されると僕だって傷つくんだけど」
「す……すみませんっ」
「総司は日頃の行いが悪ィから疑われるんだよ」
「五月蝿いなぁ、新八さんは」
「おい、新八。サラダも食えっていつも云ってるだろ。そんな炭水化物と脂肪が多い系統ばっか食うなって」
待つ間もなく彼らはお盆を携え戻ってくる。
沖田の思いもしない好意に素直に受け取って良いものか迷うが、千鶴は素直に礼を云う。
彼は偏食なのか何というか甘いものが多い気がするのは気のせいだろうか。
永倉は原田が指摘するように炭水化物と脂質の多いものばかりだ。
まるでガテン系の食事風景を見ている気分になる。
原田はさほどバランスを崩さず、相手を指摘できるくらい整った内容だった。
量は多そうに感じるが彼の体躯を考えれば十分許容範囲だ。
「んじゃま、いただきますっと!」、と永倉の一声に皆食べ出す。
「あの、原田先生たちは私をご存知だったんですか?」
「――?あぁ、俺らは平助から当たり障りない程度に聞いてたからな」
「 ? 」
「風間の野郎が年下の女の子に執心だって。あの時ぁ、目ん玉飛び出るかと思う位にビックリしたな」
「噂にもなってたしね、あの風間クンが昼を一緒にしてる女の子がいるって。
はじめは看護師とかじゃないかって云われてたけど、本当に一般人だし」
聞いた千鶴は質問を間違えたかと思った。
そんな噂など風間本人から聞いたこともないし、考えたこともなかった。
恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。
「千鶴ちゃん、その鶉の卵ちょうだい」
「あ、はい。どうぞ?」
「あーん」
「うぇええ、ちょ、それは!?」
「あーん」
恥ずかしがる間もなく、更に千鶴は追い打ちをかけられる。
口を開いたまま強請る沖田に、何の拷問で羞恥プレイかと思った。
赤面して口をパクパクさせる彼女に痺れを切らしたのか、沖田は千鶴の腕を掴んで鶉の卵を差した箸を自身の口に運ぶ。
「うん、美味しいよ」
「~~~~っ!!」
「千鶴ちゃんと間接キス、だね」
「……総司、からかいすぎだ」
まぁ、どんな形であれ間接キスには変わりない。
免疫のない千鶴にはこういう相手には分が悪い。
原田が声をかけるが、沖田は満足そうな笑みを浮かべるばかり。
風間とはキスは勿論しているが、このような羞恥心を誘うようなことはしたことがない。
ゆえに全くもって免疫がないからこそ太刀打ち出来ないのが僅かばかり悔しかった。
「総司みたいな奴が小児科医かと思うと、今でも謎だな」
「だよな、新八。俺もたまに泣かせてないか心配になる」
「失礼だね、二人とも。これでも僕は良いお医者サンなんだから」
「ついこの間、平助が急に回された子どもが総司に泣かされたって聞いたんだが」
「あー、あれはあの子がいけないんだよ。僕の尊敬する近藤さんにジジイなんて暴言吐くから」
「「「…………」」」
「あれ、何で三人とも黙るのさー。間違ってないでしょ、僕」
本当に何でコイツは小児科なんだ、という突っ込みが内心あるが、命が惜しいので黙る三人。
小児科云々よりも全ての基準が近藤にあるのが全ての矛盾のもとなのだろうか。
「駄目だ、アイツがいないとまともに突っ込む奴がいない……」
「アイツ……?」
「ほら、さっき平助が云ってただろ?もう一人いるって。内科医なんだが、斎藤一っていう無口な奴なんだ」
「斎藤先生……あ、以前風間先生からお話を聞いたことがあります」
「えー、何で一君は知ってるのさ。僕のことはあの時知らなかったみたいなのに腹立つなぁ」
「うっせぇ、総司。で、千鶴ちゃんはアイツから何を聞いていたんだ?」
「え、ええと……その、多分褒めていたと思うんですが。土方副院長の狗、と……」
言葉を選ぶようにして慎重に発言した千鶴は三人の反応を見て失敗したと思った。
それぞれが箸を止めて、何かを堪えるようにしている。
確か風間は嘆息しながらもある一定の評価はしていたはずだ。
貶しては、いないと思うのだが目の前の人間の反応が恐い。
「やっぱりアイツの目にもそう映るのか」
「映らない方が凄ぇよ」
「千鶴ちゃん、一君に会って何か薬を差し出されても貰っちゃ駄目だからね」
「え、何でですか?」
「インチキ散薬だからだよ」
原田、永倉、沖田の順に呟かれるように発言されるが、失敗ではないようで安堵する。
しかし、違う意味で今度は疑問が生まれた。
否定がないほど斎藤という人物は土方に心酔しているのだろうか。
そして彼から散薬を貰うなという沖田の言葉に無言で頷く二人に千鶴の疑問は増えていくばかり。
「まぁ、今度紹介してやるよ。斎藤だけじゃなくて土方さんや近藤さんも」
「いえ、そんな悪いですよ……!?」
「近藤さん達も気にしてたから良いじゃない?」
「ご馳走様」、と自身のものを平らげて手を合わせる沖田。
それを合図のように原田も永倉も順に食べ終える。
千鶴も合わせるようにしたいが未だ少しばかり残っていると、「焦らなくて良いよ」と苦笑された。
自分の倍以上の量は食べている永倉は一体どうしたらそんなに早く食べられるか謎である。
送れること数分後には千鶴も食べ終わり、小休止とばかりに茶やジュースをそれぞれ頂きながら談笑した。
主にそれぞれの配属科の話だが、いつもとは違う新鮮な話に千鶴も話すうちに次第に肩の強張りもなくなる。
永倉のリハビリテーション科の笑い話や、沖田の小児科の困ったオマセさんの話、原田の院内カウンセリングの困りごとなど話題は様々だ。
中でもこの病院の職員きっての悩み事はみな同じらしい。
「告白、ですか?」
「そんな可愛いモンなら未だ良いけどよ。なぁ?」
「……あぁ。特に斎藤や風間は酷いんじゃないか」
「僕や平助は相手が子どもだから幾分かマシだけどね。あれは遭遇すると僕でも苦笑いしか出来ないよ」
「嘘つけ!!お前いつもそう云ってケラケラ笑ってるじゃねーか……」
「あははっ、バレてた?」
「あれは女が恐ろしく見える時だよな」
三者三様の表情に千鶴はどう対応するべきか困る。
だが、彼らの言葉で一つ解決したことがあった。
あの時、自分が目撃した現場――あれは患者の告白シーンだったのだと。
「新八は気分が向いたら相手すんだろ?」
「相手しねーよ!俺の科はリハビリだから欲しい若い姉ちゃんが来ないでジジババしかいないっつーの!」
「あはは、新八さん。本音ダダ洩れー」
「うわっ、千鶴ちゃん!誤解だっ、そんな冷たい視線を送らないでくれぇええ!」
「それが嫌で土方さんはあんまり外来の時には姿見せねぇからな。
まぁ、風間はそういう面倒なことをしてくる女は相手しないから見ても心配すんな?
寧ろ現場を見られて変な嫉妬をされないように気をつけろよ」
優しく頭をポンポン撫でる原田に千鶴は淡く微笑む。
隣で騒ぐ永倉に沖田が殴った姿が見られたがこの際流すことにした。
実は薄っすら残っていた疑問がまさか解決するとは思わず、意外な収穫を得た。
自分は信じなくては。
自分を見つめて求めてくれる彼に応えられるよう強くありたいと思う。
「今日は有り難う御座いました。楽しいお昼でした」
「おう。気をつけて帰れよ」
「またな、千鶴ちゃん!」
「今度は僕と二人でご飯食べようね」
こうしてある意味心臓に悪くも、意外に楽しいひと時を過ごせたある日のランチタイムであった。
『いつもと違うスパイスをキミに。後』
【後書】
とにかくドンマイ新八っつぁん?ヾ( ´ー`)
サノは良い兄貴で、総司はセクハラほどほどに可愛がってます、きっと。
色々と心臓に悪いお昼でしたが、千鶴なりに新体験や収穫情報もあったので悪くないと思います。
一はきっと出会い頭に「これは万能薬だ」とか云って石田散薬をあげそうです。←
どこまでもワンコな彼に乾杯。千景もある意味、呆れと共に敬服していると思います。その崇拝具合に。笑
総司の近藤さん基準は今も昔も変わらないままですよネ。>標準装備

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