休日の朝、気だるげな四肢を動かして千鶴は振動する携帯を手に取った。
半覚醒の中でディスプレイも見ずに出たことをこれほど後悔するとは露にも思わない。
「はい、もしもし――」
「おはよう、千鶴ちゃん。随分とお寝坊さんだね」
「~~~~っ、お、おおお沖田せんせ!?」
「昨日は抱いてないのに朝枯れた声だけど、誰かに抱かれたの?」
「違います、単に寝起きなだけです……っ」
夢と現を行き交っていた千鶴の意識が完全に覚醒する。
電話口ではひどく愉しそうな声音が音だけで伝わってきて恐い。
電話では見えないと判っていても身振り手振りが自然に出て否定を繰り返した。
「そう?まあ良いけどね。それじゃ、今日の夕方に浴衣を来て遊びに行こう」
「は、えっ。ちょ――!?」
「じゃ、愉しみに待ってるね」
千鶴の挟む口などないように沖田は踊るような声音で自分の用件を伝えるだけ伝えて切った。
ツーツー、という機械的な音が千鶴の鼓膜に響き、己に拒否権がないことが恨めしい。
たまの休暇さえ、千鶴の予定は彼によっていとも簡単に掌握されるのだった。
「へえ、中々似合ってるじゃない」
「……有り難う御座います、」
「僕が珍しく褒めてるんだからちゃんと受け取りなよ、他意はないから」
「ちょっと複雑です……」
あの後メールで指定された時間まで千鶴はバタバタだった。
何年も出して使っていない浴衣を探し整える。
寝起きでぐっしょりの肌に更に汗が垂れるように動いていたから出る前にひと風呂浴びたほど。
「でも詰めが甘いね。帯が少し緩んでる」
「え、――ひゃ!?」
「変な声出さないでよ。ただ帯を直すだけ」
沖田が千鶴を褒めるなんてことは滅多にない。
仕事でもそれ以外でも皆無に近いのだ。
それゆえに先程の一言だって今までの彼を思えば疑わしく感じられるのも無理はない。
何だかんだでバタバタしていた所為か帯が緩かったらしく、不意に浴衣に触れられ素っ頓狂な声をあげる千鶴。
だが、沖田は言葉の通り緩んだ襟を直しながら帯もしっかり締め直してくれている。
「意外です……」
「失礼だね。近藤さんの影響で着付けは出来るんだよ」
「そうなんですか。あ、有り難う御座います」
「如何致しまして」
“じゃ、行こうか”、と差し出される手に千鶴はそっと自分のを重ねた。
陽は西に傾き、残暑の厳しさの名残か蝉が未だ鳴り止まない。
それを掻き消すかのように鼓膜に響いて来る祭の賑やかさと沖田の悪意のない笑みが狡く感じた。
To be continued……

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